NHK大河ドラマ『麒麟がくる』 守護と守護代の関係は?

麒麟がくる2 メディア・著名人関連

NHK大河ドラマ『麒麟がくる』が始まりました。

濃姫役だった沢尻エリカの降板のトラブルで、2週間遅れの開始となりましたが、とにかく始まって良かったです。

1月19日の初回の放送では、視聴率が関東地区で19.1%、関西地区で19.3%とまずまずのスタートとなりました。

『麒麟がくる』 では、今までの陰気で神経質なイメージの明智光秀とは違った、織田信長の所業を看過できなかった正義感あふれる明智光秀が、見られるのでしょうか。


明智光秀が活躍した時代は、室町時代の末期にあたります。

基本的なところおさえておくと、室町時代は、足利尊氏が1336年に征夷大将軍に任命され、京都に室町幕府を開いた時が始まりです。

15代続いた室町幕府の終焉は、1573年とされています。(足利義昭が織田信長によって京都を追放された年)

三代目の将軍・足利義満の時に、室町幕府の機構はほぼ整い、その後200年以上の長きにわたって、足利家が日本の政治のトップに“君臨”しました。

ただ“君臨”したとはいえ、絶対的な力で国を治めていたわけではなく、管領という将軍に次ぐ最高の役職者が、実際の政治を執り行っていました。


1467年から1478年までの11年間にわたっておこった応仁の乱、その後頻発する下剋上からの戦国時代、室町時代の後半は戦乱の時代となりました。

『麒麟がくる』に登場する斎藤道三は、美濃国の守護代として登場していますが、今回は守護や守護代について確認してみます。

守護の始まりは、源頼朝が弟・義経の探索を目的として各地に設置した役職からです。

その土地の元々の有力者に、職務権限を持たせたもので、少しずつ世襲化の傾向が強まっていきます。

鎌倉時代から室町時代を経て、その権限はますます大ききなり、やがて守護大名と呼ばれれるようになりました。


『麒麟がくる』の時代の美濃国の守護は、土岐家です。

斎藤道三は、美濃国の守護代と務めていました。

守護代というのはその名の通り、守護が任国を留守にする際、代わりに守護の職務を遂行した役職です。

斎藤道三は守護代として美濃国の実権を握り、やがて下剋上をおこない、土岐家を追放しました。


【関連記事】⇒『朝倉義景はどんな評価をされているのか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました