誰にでも死は訪れます。
どうせ死ぬなら、安らかに最後の時を迎えたいと、ほとんどの人が思っているでしょう。
現在の日本での死因トップは、癌(悪性新生物)です。
2020年は、100万人をこえる人達が腫瘍に罹患し、約38万人の人が癌で亡くなっています。
ちなみに、癌で亡くなった人の部位別の順位は、肺・大腸・胃・膵臓・肝臓の順(男女計)です。
死因別2位は心疾患で、3位は老衰となります。
今まで死因ベスト3は、癌・心疾患・脳血管疾患でしたが、2018年からは老衰が3位に入るようになりました。
高齢者となっても大病をせず、お迎えがきて静かに息をひきとる、私に取って老衰はそんなイメージがあります。
近年、老衰が増加している理由について、色々確認してみたいと思います。
老衰とは?
死亡診断書に老衰と書かれるということは、どういった状態で亡くなった場合なのでしょうか。
厚生労働省の『死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル』には、老衰についてこう書かれています。
死因としての「老衰」は、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合のみ用います。
厚労省・死亡診断書記入マニュアル
厚生労働省の老衰に対する定義をみてみると、やはり多くの人が想定する老衰のイメージと、同様かと思います。
しかし問題は、80歳90歳をこえた高齢者が、まったく何の疾患もなく自然死(老衰)に至るケースが、どれだけあるのかという点です。
老衰死亡者の推移
2020年、老衰で亡くなった人は132,435人でした。
第二位の心疾患で亡くなった人は 205,518人ですので、老衰との差はまだ7万人以上あります。
老衰死亡者の推移を確認してみます。

2005年を過ぎたあたりから、老衰による死亡者の数が、うなぎ登りに上がっていることが見て取れます。
このままいけば、死因第二位の心疾患を抜くのも時間の問題のような気がします。
ただ、老衰で亡くなる人がこれだけ増えているのは、ちょっと不自然な気がしなくもありません。
老衰増加の理由
なぜ、老衰で亡くなる人の数が増えているのでしょうか。
誤嚥性肺炎との関連
週刊現代の記事に、以下のような内容が書かれています。
【週刊現代 2019.8.14】
老衰が昨年の人口動態統計で死因の第3位に浮上したのには、医学界の大きな方針転換がある。’17年に日本呼吸器学会が出した「成人肺炎診療ガイドライン」。
ここで初めて、患者に対して踏み込んだ治療方針が示された。その中では、終末期の患者には「個人の意思やQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を考慮した治療・ケア」が行われるべきだとハッキリ書かれている。
つまり、患者によっては積極的な治療を実施せず、無理のない最期を迎えてもらおうという内容が盛り込まれたのだ。これは「病を治すこと」を至上命題として掲げている医学界としては革命的なこと。
週刊現代
実際、ガイドラインに後押しされるように、誤嚥性肺炎で亡くなった患者の死亡診断書にも「肺炎」ではなく、「老衰」と書く医者が急激に増えている。
ガイドラインが変更になり『誤嚥性肺炎で亡くなった患者に対して死亡診断書に老衰と書く医者が急激に増えている』、これは本当のことなのでしょうか。
誤嚥性肺炎とは、食べ物や唾液などが誤って気管内に入ってしまうことで発症する肺炎のことです。高齢者の飲み込みに関係する機能が低下していることが、誤嚥性肺炎の背景にあります。
誰でも唾や食べ物が気管に入って、むせる経験をしたことはあるでしょう。
通常であれば、むせることで気管から食べ物を排出する反射機能が働きます。
それが高齢者ではその機能が鈍り、気管から肺に入った異物がそのまま肺に残り炎症を起こしてしまうのです。
老衰死の判断
現役の医師が運営する医療Webメディア『Мedical Note』によると、
入院を要した高齢患者の肺炎の種類を調べたデータによると、80歳代の約8割、90歳以上では9.5割以上が誤嚥性肺炎であったと報告されています。つまり、後期高齢者の肺炎のほとんどは誤嚥性肺炎だと考えられます。
と書かれています。
また、姫路赤十字病院の佐藤四三院長は、病院のHPの『院長徒然日記』で以下のように書いています。
「誤嚥性肺炎とされていた死因病名が、これが直接の死因ではなく、加齢性変化による衰弱などにより死亡していることは医師の間ではよく知られていることでした。2017年に死因の国際統計分類で原因死選択ルールの明確化がなされ、死因病名に「老衰」と記載する医師が増えてきたと推測されます。」
週刊現代の記事内容と同様の見解を、佐藤四三院長も語っています。
2015年にNHKスペシャル『老衰死 穏やかな最期を迎えるには』が放映されました。
その際、日本老年医学会の協力のもと、5400人の医師を対象にアンケートを取り、約1700人からの回答を得ています。
その中の設問に、『「老衰死」と診断することに対して、難しさや不安・葛藤を感じたことはありますか』という内容があり、46%が『ある』と回答しています。
回答率が約31%で低いため、数字は参考程度に見るべきかと思いますが、『ある』と回答した主な理由は、
- 老衰死の定義が不明確
- 高齢者の場合、複数の疾患が複雑に絡み合っている症例が多く老衰死と診断するのが難しい
- 老衰死とする事を認めるための社会的合意が必要だから
となっています。
やはり、老衰による死の判断に対して、『定義が不明確』や『診断の難しさ』が指摘されていて、現場の医者の葛藤が読み取れます。
NHKスペシャルや佐藤院長の話は、まさに週刊現代が指摘している『老衰』と『誤嚥性肺炎』との関連性を証明しているといえます。
老衰死の今後
団塊の世代といわれた人達が、およそ後10年で平均寿命に到達します。
老衰死に対する定義が不明確なまま、今後もなし崩し的に老衰死は増えていくのでしょうか。
医者の中には、人が死ぬのには必ず原因や病気があるはずという考えから、死亡原因を『老衰』と書かない人もいると聞きます。
政府が『老衰』に対する明確な定義をつけなければいけない時期にきているといえます。
国民の終末医療に対する考え方の変化から、“延命治療”ではなく自然な死を受け入れるという考え方が、政府の判断を後押しするのではないでしょうか。
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