小泉進次郎の兄 孝太郎
小泉進次郎議員には3歳年上の兄、小泉孝太郎氏がいます。
小泉孝太郎氏は現在、俳優で活躍しているので知らない人は少ないと思いますが、デビューのきっかけは父親である小泉純一郎氏の内閣総理大臣就任によります。
2001年の自民党総裁選に出馬した小泉純一郎氏は、下馬評をくつがえし3度目の正直で、見事総裁に選出されます。
そしてその後、内閣総理大臣の使命を受けました。
その前年の2000年、3月から8月にかけて「21世紀の石原裕次郎を探せ!」というオーディションが開催されました。
若い人にとっては『石原裕次郎』といってもピンとこないかもしれません。
石原裕次郎は、52歳という若さで肝臓がんのため亡くなりましたが、1950年から1970年にかけて映画・ドラマで活躍し、まさに大スターであり多くの男性にとって憧れの存在でした。
私も晩年の石原裕次郎しか知りません。
話がずれてきたので石原裕次郎の話はこれくらいにしておいて、実はこの「21世紀の石原裕次郎を探せ!」のオーディションに小泉孝太郎氏が応募していたのです。
しかし結果は落選でした。
事後報告で父親の純一郎氏に話すと、「そらダメだろうね。そんな簡単な世界じゃないよ」と言われたそうです。
ところが俳優の神様(?)は、小泉孝太郎氏のことを忘れていませんでした。
翌年の4月にお父さんが、内閣総理大臣になったのです。
親の七光りからの出発
「首相の息子に俳優志望のイケメンがいる」という話はすぐに芸能界に広まり、結果として小泉孝太郎氏は俳優の道へと進むことになりました。
芸能界に進む際、総理大臣になっていた父親へ相談に行った孝太郎氏でしたが、小泉首相はあっけらかんと、「やってみたらいいじゃないか」と言ったといいます。
世間の目を気にしない小泉純一郎氏らしい発言です。
総理大臣という立場上、父親から「(芸能界は)勘弁してくれ」と言われれば諦めていたと、後々のインタビューで孝太郎氏は応えています。
最初は父親の七光りで入った芸能界です。当然のことながら多くの葛藤や苦難があったでしょう。
でも今も映画やドラマはもちろん、バラエティにも出演し活躍する小泉孝太郎は、親の七光りをこえて、自らが光り輝く存在として現在の地位を築きました。
ネット上でも結構、評価している人が多いです。
高畑の息子がやらかしたとき、「大体仕事がもらえるまでが大変なのに七光りで役もらっていきなり朝ドラ。いい気になりすぎ」って声があったけど、それにしても小泉孝太郎は立派な俳優になったななんて思った。最近は悪役がはまってるね。この人は七光りで苦労やプレッシャーも大きかったんだろうね。
— AYUMINGPEKO (@ayumingpeko) December 2, 2016
小泉孝太郎くんの笑顔とかセリフがいちいち萌えるほど効いてくるのでうれしい、悪役初らしいけどようやく小泉孝太郎くんが俳優としていい役掴んだようでうれしい。親の七光りでもなんでも利用すりゃいいじゃん、それも運のうちってか持って生まれた武器だもん
— mildkimitake (@mildkimitake) December 19, 2015
使わなきゃ。それを活かせればだけどね
本当に立派だと思います。
政治の世界も同様です。
父親の「地盤(組織)」「看板(知名度)」「鞄(資金)」を引き継いだ2世・3世議員は、ある程度の批判なり、世間の厳しい目にさらされます。
そこからどうするかです。
そう考えると、現在の小泉進次郎議員も兄の孝太郎同様に、親の七光りを脱しないといけません。
小泉進次郎に弟がいた
実は、小泉進次郎議員には弟がいます。兄は芸能界、次男は政界、では三男の弟は何をしているのかというと、いわゆる普通の会社員です。
三男の姓は、小泉ではなく宮本といいます。
長男である孝太郎氏と次男の進次郎氏はずっと一緒に育ちましたが、三男とは生まれた時から一緒に暮らしてはいないのです。
三男が母親のお腹の中にいた時に、小泉純一郎氏と母親は離婚してしまったからです。
それで姓も母親の姓を名乗っているので、違うわけです。
名前は母親が雑誌のインタビューで明かしているので、ここでも紹介します。
宮本佳長(よしなが)さんです。
今まで別々の人生を歩んできた兄弟でしたが、長い年月を経て、今では兄弟三人で食事をすることもあります。
2014年には佳長さんが結婚され、その席に小泉純一郎氏・孝太郎氏・進次郎氏の三人が参席しました。
「血は水よりも濃い」「時が解決してくれる」昔も今も変わらないようです。
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