稲田朋美議員は福井1区選出の衆議院議員で、2023年現在、6回の当選を果たしています。
その稲田朋美議員に対して、落選運動が行われているといいます。
どんな背景から稲田朋美議員の落選運動が始まり、どんな人達がその運動を主導しているのでしょうか。
そして落選運動は、果たして実るのでしょうか。
落選運動の背景
冒頭で書いたように、稲田朋美議員は当選回数6回の自民党中堅議員です。
落選運動は近年の話ですので、それまではそんな運動をされるような国会議員ではなかったということになります。
では何がきっかけで、そうなってしまったのでしょうか。
それには、まず稲田朋美議員がどんな国会議員だったのか、確認する必要があります。
保守系期待の星
稲田朋美議員の前職は弁護士です。
弁護士時代、第二次世界大戦時に二人の日本人将校によって行われたとされた “百人斬り” に対して、遺族が起こした報道名誉毀損訴訟で弁護を担当しました。
そのような活動を評価した当時の安倍晋三議員は、小泉純一郎政権での『郵政民営化解散』の際、福井1区から稲田朋美氏を擁立することを薦めます。
稲田朋美議員は、初出馬で国会議員に当選後の翌年2006年に、自民党内に保守系若手の政策勉強会『伝統と創造の会』を立ち上げました。
2007年の福田康夫内閣で法案提出が検討された “人権擁護法案” に反対したり、日本国憲法改正問題にも積極的に発信し、中国・韓国が仕掛けてくる歴史問題に対しても毅然と対応すべきとスタンスが明確でした。
安倍晋三議員の後押しもあり、稲田朋美議員は保守系議員としての地位を確立します。
そして日頃の言動から、保守系言論人やインフルエンサーからは、女性首相の最有力候補として期待を一身に受けるようになっていきます。
稲田議員のつまづき
そんな稲田議員に対して安倍晋三首相(当時)も期待を寄せ、第3次安倍第2次改造内閣(2016年)で稲田朋美議員は防衛大臣に就任します。
稲田議員の防衛大臣就任に益々盛り上がる保守界隈でしたが、ここで大きな落とし穴が待っていました。
保守層期待の稲田朋美議員が防衛大臣になったことで黙っているような野党ではありません。
森友学園の籠池泰典氏との関係を追及されたり、過去の“核武装容認論”について民進党の蓮舫代表(当時)から厳しい指摘があったり、まさに集中砲火を浴びる国会質疑となりました。
また靖国神社参拝に関して『言行不一致』と辻元清美議員から追及された際に、稲田朋美大臣は答弁で涙ぐんでしまいます。
それがどういう意味の涙だったのかわかりませんが、「頼りない」とのイメージがそこで付いてしまいました。
それまでは『ポスト安倍の最有力』と目されていた稲田朋美議員の立場が崩れた瞬間だったといえます。
稲田議員は後々「英霊に申し訳ないと思い、その涙だった」と述懐しています。
その後、 自衛隊日報問題に関しての監督責任を取り、防衛大臣を辞任することになりました。
稲田朋美議員は防衛大臣を辞任した時の事を振返って、2022年に週刊ポストのインタビューで心境をこう語っています。
「キャリア的にも王道の真ん中を歩いて順調だったのに、いきなり挫折したんです。
【NEWSポストセブン2022.3/18】
それで、世の中からはみ出た人の疎外感とか、生きづらさを感じている人の気持ちが他人事から自分事になったんですよ。それが大きかったです。
すごく辛かったですけど、強くもなったし、自分を反省する機会にもなったし、共感できる幅が広がったかな。
だから、あの辞任は私にとって悪いことではなかったと前向きにとらえています」
この言葉からもわかるように、防衛大臣辞任が稲田朋美議員にとって、良い意味でも悪い意味でもターニングポイントになったことは間違いありません。
LGBT理解増進法を推進
稲田朋美議員がLGBTの東京レインボーパレードに姿を見せたのは、2016年5月7日のことでした。
防衛大臣に就任する前の自民党政調会長時代の事です。
この際、稲田朋美議員はその年の2月、自民党内に『性的指向・性自認に関する特命委員会』を立ち上げています。
この動きは、LGBT容認の世界的な潮流の中、日本も何らかの方向性を示さなければならないと判断した安倍首相(当時)からの指示があったものと予想できます。
稲田朋美議員のパレード参加には保守層の拒否反応とは別に、フェミニストの団体から今までの言動から整合性がつかないという理由で反発がありました。
それ以降、稲田朋美議員は自民党の責任者の立場で野党と協議し『LGBT理解増進法』の与野党合意案をまとめる作業を行います。
この辺りから、通常の保守層との考え方の違いが顕著になっていったようです。
そして不幸にも安倍元首相が2022年7月8日に暗殺されてから、この法案成立の動きが加速していきました。
この時もやはり稲田朋美議員は自民党内で中心となって、法案可決に向けて活発に活動しました。
その後、岸田首相の判断により、自民党内では反対が多かったLGBT理解増進法が賛成多数で可決することになります。
また稲田朋美議員はその後、今までは反対の姿勢を見せていた選択的夫婦別姓にも理解を示すようになります。
稲田朋美議員は2021年、乙武洋匡氏のインタビューに以下の通り答えています。
「選択的夫婦別姓というと家族を壊すとかそういうイメージで捉えられる。
<選挙ドットコム 2021.8/6>
だが姓を変えたことで困難を抱えている女性や、ずっと独身でキャリアを積み重ね、姓を変えたくないと感じる女性の障害を取り除く考えがないと、保守じゃない」
「結局、“保守とは何か“に辿り着くと思う。保守とは、自分は間違えるかもしれないから人の生き方も認めるという謙虚さ。
<選挙ドットコム 2021.8/6>
伝統的家族も大切だが、そこからはみ出た人や作りたくても作れなかった人、作ったけど壊れてしまった人も同じ家族として認めていくべきだと思う」
「伝統的家族観が大切なのはその通り。伝統的家族があって、地域社会があって、そのあとに国がある。
<選挙ドットコム 2021.8/6>
その基本的な考え方は私も全く変わっていない。
伝統的家族を大切にすることは、伝統的家族からはみ出た人を除外することではない。
形は違っても、家族や地域社会を大切にするのは同じこと。その理解を進めていくのが重要だ。
多様性を認められる社会が、自由で民主的な生き生きとした社会なのではないかと私は思います」
稲田朋美議員のこの言い方は、保守を名乗る人達が、異分子を容認せず排除する考えの人達ばかりだと言っているようにも受け取れます。
これは、“ストローマン論法” です。
もちろん一部の極端な考えの人達はいるでしょうが、多数の人達はマイノリティを排除しようなどとは思っていないはずです。
マイノリティを受け入れる事と、マイノリティの論理を一般化させる事とは異なります。
「自分が考える保守はこうだ。そういうのは保守じゃない」という物言いは感情的な反発を生むだけで、議論を深めることにはなりません。
落選運動の主導者は誰
今までの話しの流れからわかるように、稲田朋美議員の落選運動を主導しているのは、LGBT理解増進法に反対していた人達です。
かつ過去の稲田朋美議員の言動に賛同していたものの、近年の稲田朋美議員の言動に違和感を持っている人達です。
例えば稲田朋美議員のお膝元の福井県立大学教授だった島田洋一氏は、そのうちの一人です。
月刊Hanadaプラスで島田氏は「私が稲田朋美議員を批判する理由」としてこう語っています。
「稲田朋美衆議院議員に対する私の不満を要約すると、左翼活動家の利権を増進する法案にのみうつつを抜かし、元防衛大臣でありながら外交・安全保障問題にはお座なりな関心しか示さず、経済発展を無視して増税に走る財務省の広告塔を演じている、ということになる。」
<Hanadaプラス2023.7/7>
稲田朋美議員に対し期待していただけに裏切られた気持ちが強いのでしょう。
稲田朋美議員にとりもっとも深刻な問題は、地元後援会の離反問題です。
生前の安倍元首相に対して稲田朋美議員が「LGBT問題のおかげで、地元・福井の後援会が崩壊状態なんです。助けて下さい」と泣きついてきたとジャーナリストの山口敬之氏は言います。
安倍元首相は福井の保守系幹部の何人かに電話をかけて、こういう事は二度と起こらないからと説得したそうです。
一件落着した問題かと思いきや、安倍元首相が凶弾に倒れてしまうと、今度は岸田首相のもとで稲田朋美議員はまたLGBT理解増進法成立のための先頭に立ってしまいました。
稲田朋美議員は上記の件を否定しているようですが、島田洋一氏が地元の有力者に確認を取っています。
以下は私とA氏(福井の関係者)のメールのやり取りである。
〈一昨年の総選挙時、稲田朋美氏が安倍元首相のもとを訪れ、「保守派に落選運動をされている。助けて欲しい」と訴え、その場で安倍さんが、ともみ組関係など福井の元々の支持者4人に電話を掛け、稲田がLGBTはもうやらないと約束するなど反省しているので支持してやってくれないかと話をした、と安倍さんから直接聞いたと知り合いのジャーナリストが述べています。Aさんのところにも電話があったのではないかと思い、お聞きする次第です〉
すぐに回答が来た。
〈確かに安倍元総理からお電話を頂きました!そのような内容でした〉
<Hanadaプラス2023.7/7>
上記のことから、地元の保守系団体の有力者までが、稲田朋美議員の行動にNOを突き付けている事がわかります。
しかし逆に見れば、稲田朋美議員はそのような支援者を切り捨てる覚悟で、今回のLGBT理解増進法を推進したということになります。
稲田議員は変節したのか
稲田朋美議員は、国会議員になった時と今現在の考え方に違いが出てきたのでしょうか。
それは先ほど『稲田議員のつまづき』で抜粋したインタビュー記事からも分かる通り、間違いなく変化がありました。
「世の中からはみ出た人の疎外感、生きづらさを感じている人の気持ちが他人事から自分事になった」
この視点は確かに重要なことです。
しかし、ややもすると情が優先するあまり、文化的・歴史的なものを軽視してしまい、物事の事象を近視眼的に見てしま可能性があります。
これはバランスの問題でもありますが、政治家には両面の視点で政策を考える力量が必要です。
稲田朋美議員本人はもちろんバランス感覚を持って政策を考えていると主張するでしょうが、今までの保守支持層からすると「稲田朋美議員は変節した」と感じても仕方がありません。
“社会的な弱者” に寄り添うことを政治家は積極的に行う必要があります。
しかしその救済方法が日本の伝統や文化を壊しかねない内容であれば、当然それを守りたい人達からは反発を受けてしまいます。
保守層からすれば、稲田朋美議員に対する期待が大きかっただけに、「裏切られた」「彼女は変節した」との思いが強くなってしまいます。
福井1区の現状
稲田朋美議員に対して、なぜ落選運動が起こっているのか確認してきました。では果たしてその運動の効果はあるのでしょうか。
福井1区の状況を確認してみましょう。
福井1区は、福井市・大野市・勝山市など有権者数およそ37万~38万人の選挙区です。
衆院選の投票率は概ね50%~60%といったところです。昔から自民党が強い選挙区で、前回の2021年衆院選結果は以下の通りでした。
候補者名 | 政党名 | 得 票 |
稲田朋美 | 自由民主党 | 136,171票 |
野田富久 | 立憲民主党 | 71,845票 |
2017年衆院選
候補者名 | 政党名 | 得 票 |
稲田朋美 | 自由民主党 | 116,969票 |
鈴木宏治 | 希望の党 | 64,086票 |
金元幸枝 | 日本共産党 | 22,931票 |
2014年衆院選
候補者名 | 政党名 | 得 票 |
稲田朋美 | 自由民主党 | 116,855票 |
鈴木宏治 | 維新の会 | 47,802票 |
金元幸枝 | 日本共産党 | 15,561票 |
選挙結果を見て分かる通り、このまま無風状態であれば稲田朋美議員が落選することはまずあり得ません。
可能性があるとすれば、自民党の信頼が地に落ちる事と、強力な対抗馬が立候補する事がセットになれば、その芽が出できます。
次回の衆院選に出馬を予定している福井1区の立憲民主党の候補は、新人でサロン兼民泊施設経営の西山理恵氏です。
西山理恵氏には失礼ですが、立憲民主党はこの選挙区で勝つ気がないのかもしれません。
6回連続当選している稲田朋美議員の基盤は盤石で、立憲民主党や日本共産党の候補では勝ち目はありませんが、福井1区の保守層有権者に不満があることは間違いありません。
稲田朋美議員を落選させるためには、保守層が納得する政策を掲げた相当知名度のある人物が立候補しない限り困難な状況です。
LGBT理解増進法を成立させたことで自民党支援をやめ、新しい日本保守党を立ち上げた百田尚樹代表は、何とか福井1区に対抗馬を立てたいと考えているようですが、現時点でそのような人物の存在は公表されていません。
参政党は2022年7月の時点で、次期衆院選には全小選挙区に候補擁立を目指すと言っていました。
参政党が福井1区に候補者を擁立し、自民党に更なる逆風が吹き、保守陣営がその候補者に1本化できれば、状況次第では稲田朋美議員の落選があるかもしれません。
ただ現状ではその可能性は極めて低そうです。
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