スマホや携帯電話が、心臓ペースメーカーに与える影響について、以前考えさせられることがありました。
何年か前、電車内で座って本を読んでいると、いかにも身体の悪そうな女性が乗車してきて、私の目の前に立ちました。
私が席を譲ろうとすると、「すぐ降りますから、大丈夫です。ありがとうございます。」という丁寧な言葉が、その女性から返ってきました。
私は引き続き、文庫本を読み続けたのですが、私の隣に座っていた女性は、さっきからずっとスマホを操作しています。
すると、先ほど私の前に立った女性が、「すみません、携帯の電源を切っていただけますか」と、隣の女性にお願いしました。
身体の悪そうな雰囲気とその言葉におされ、隣の女性はすぐに、「はい、わかりました」と、スマホの電源を切りました。
スマホと女性の距離は、およそ1.5mほどあったでしょう。
それから2駅過ぎて、身体の悪そうな女性は降車していきましたが、その際、席を譲ろうとした私に、「お疲れのところ、お気づかい頂いて、ありがとうございました」と挨拶してくれました。
更に、スマホの電源を切った女性に、「ご協力ありがとうございました」(そんな言葉だったと思います)と言ってから、電車を降りていったのです。
私自身、スマホや携帯電話が、心臓ペースメーカーへ悪影響を及ぼすのは、その当時 “22㎝以上離れれば影響なし” という一部の知識はありました。
日頃から、鉄道会社の過剰宣伝には疑問を持っていたとはいえ、あの雰囲気・迫力で言われたら、私もたぶん、「はい、わかりました」と言っていたことでしょう。
「心臓ペースメーカー」とは?
ペースメーカーの知識は、私も含めてほとんどの人が無いに等しいかと思います。
たぶん、『心臓の悪い人が身体に埋め込んでいる機械』程度の認識でしょう。
心臓ペースメーカーは、心筋に電気刺激を与えることで必要な心収縮を発生させる医療機器です。
総務省の「電波の医療機器等への影響に関する調査研究報告書(平成24年)」によれば、大雑把な数字ですが、国内に累計で30万人~40万人の装着者がいるとしています。
心臓ペースメーカーは、一度体内に入れたらどれくらいの機械寿命があるのでしょうか?
平均寿命は、5~7年程度のようです。
車のモデルチェンジやパソコンのバージョンアップがあるように、心臓ペースメーカーにも新世代機種の市場投入が、2年以上の周期であるので、寿命のため交換する際には、新しい機種に変更ということになります。
電波のペースメーカーへの影響
総務省は平成26年(2014年)3月に、「電波の医療機器等への影響に関する調査」報告書をまとめました。
結論から先にいうと、『携帯電話端末については、 植込み型医療機器の装着部位から15cm程度離すこと』という指針が、総務省から出されたのです。
なぜそのような数値がだされたのかというと、選定した植込み型医療機器30台を対象に、スクリーニング測定をしたところ、2台の機器が1.5㎝の距離で、カテゴリーレベル2の影響が発生したからという理由です。
【レベル2】⇒ 持続的な動機・めまい等の原因になりうるが、その場から離れる等、患者自身の行動で現状を回復できるもの。
この1.5㎝という数字は、心臓ペースメーカーをつけた本人が、洋服の胸のポケットに携帯電話を入れた状態以外に、あまり考えられない距離ですね。
更に、このスクリーニング測定で使用した電波は、携帯電話端末実機よりも厳しい条件のものであり、その後、影響が発生した2台の機器について、携帯電話端末で測定をおこなったところ、影響の発生はなかったそうです。
以上が現実です。
スマホによるペースメーカーへの影響は、“ まずない ”という結論なのです。
【総務省 報道資料】
鉄道会社の見直し
こういった事実をふまえて、電車内での携帯電話・スマホの使用が、緩和されることになりました。
JR東日本をはじめ、東北、関東、甲信越の37社局が、2015年10月1日から携帯電話の使用に関する案内を、変更するになったのです。
変更内容は、
「優先席付近では、携帯電話の電源をお切り下さい」(変更前)
↓
「優先席付近では、混雑時には携帯電話の電源をお切り下さい」(変更後)
という案内です。
駅構内や電車内には、ポスターを掲示し、優先席付近のステッカーの見直しも行われました。
<優先席付近における携帯電話使用マナーの変更>
この表示見直しによって、乗客同士の無意味な言い争いが減ることを願います。
以前は、以下のようなトラブルがありました。
【産経ニュース 2015.6.9】
JR京浜東北線鶴見-新子安間を走行中の大宮発大船行きの普通電車(10両編成)内で9日午後、刃物を持った男が暴れた事件で、男は、隣席の乗客が使用していたタブレット端末をめぐってトラブルになり、刃物を持ち出したことが同日、分かった。
いきなり刃物とは、ちょっと頭がおかしいとしか言いようがありません。
【神奈川新聞 2015.1.8】
相鉄線のホームで電車のドアが閉まるのを妨害したとして、旭署は7日、威力業務妨害の疑いで、アルバイトの男(61才)を逮捕した。同署によると男は、同社が携帯電話の使用を自粛するよう求めている優先席付近で、スマートフォンを使っていた乗客の女性に対し、「降りろ」と注意。
女性が応じなかったため、ドアが閉まらないようにした。
最近は、このような記事を目にしませんが、ニュースになっていないだけで、実際に減少したのかどうかは、わかりません。
ちょっとした言い合いになるケースは別として、上記のようなトラブルで逮捕された人達は、ペースメーカー使用者というより、日頃からトラブルを起こす迷惑おじさんという気がします。
常識的に考えれば、ペースメーカー使用者は、携帯電話の電波による影響がどの程度のものか、ちゃんと理解しているのではないでしょうか。自分の生命に係わることですから。
案外、無知で正義感の強い人と、いちゃもんをつけるのが好きな人が、電車内優先席付近で、携帯電話使用者とのトラブルを起こしているのかもしれません。
最後に、東京女子医大と信州大で特任教授を務める庄田守男氏のインタビュー記事を載せておきます。
【朝日新聞 2018.9.15】
昔はペースメーカーと携帯電話を22センチ以上は離すように言われました。いまは緩和されたものの、15センチ以上とされます。しかし、国によってはこうした基準自体がありません。バスや電車では今でも「優先席付近では混雑時には電源をお切りください」とアナウンスされますが、こんなことをしているのは世界中で日本だけです。
迷惑をこうむるのは患者さんや一般の乗客です。あたかもペースメーカーが弱くて不安定な機械であるかのような不安を刷り込まれる。
しかも、根拠のない「正義の味方」が現れて、携帯電話の利用者と争いになることもある。困った問題です。
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